Honda Racing Insights - 栄光ある二大レース

「ここは、ヒーローと伝説が生まれる場所なんだ」

インディカー・シリーズでHondaエンジンを搭載するSchmidt Peterson teamからシリーズに参戦し、“ヒンチタウン市長”という愛称で人気のジェームズ・ヒンチクリフは、インディアナポリス・モータースピードウェイとモナコについて、こう語りました。

インディ500が行われる5月は、ファンや関係者の間では“レース界最大の1カ月”と呼ばれています。それを大げさだと思う人もいるかもしれませんが、5月28日がレースファンにとって特別な一日であることは間違いありません。なぜなら、モナコGPとインディ500が同日に開催され、世界中の何100万人ものファンがテレビにくぎ付けになるからです。

2017年はその注目度がさらに高まっています。現役F1チャンピオンであるフェルナンド・アロンソがブリックヤード※1で戦い、同じくモナコウイナーでF1チャンピオン経験者のジェンソン・バトンが、モナコでMcLaren-Hondaに復帰するのです。このアロンソの挑戦については大きな話題と注目を呼んでいます。では、なぜモナコとインディ500は特別なレースなのでしょうか。

※1 ブリックヤード…インディアナポリスは当初レンガ敷きのコースで、その名残としてアスファルト舗装が施された現在でも、コントロールライン上の1ヤードのみレンガが残されています。これにちなんで、同地は「ブリックヤード」という愛称で呼ばれます。

ヒンチクリフは語ります。「歴史と伝統だと思うよ。それは決してお金では買えないし、すぐに作れるものでもない。だから、人々は惹きつけられるんだ」

インディ500は、1911年に第1回が開催。モータースポーツ黎明期に大規模なレースでその魅力を伝えようという計画の一環でした。Hondaはインディ500において大きな成功を収めており、2004~12年の9連勝を含む通算11勝を挙げています。これは、歴代のエンジンマニュファクチャラーの中で3番目に多い勝利数です。

モナコの市街地コースで初めてレースが行われたのは、1911年の「モンテカルロラリー」でしたが、モナコGPの初開催は1929年でした。その地位は年々高まり、1950年にF1世界選手権がスタートした際には、開幕戦として開催。そして、1955年以降は現在に至るまで毎年開催されています。

Hondaはモナコでも栄光を手にしており、1987~92年に6連勝。また、1996年には、無限ホンダエンジンで、14番グリッドスタートのオリビエ・パニスが優勝というサプライズもありました。

Honda R&Dチーフエンジニアの中村聡が、初めてモナコを訪れたのは1990年代の終わりでした。そこではさまざまな出来事があったと言います。

「これまで6回モナコに行きましたが、やはり特別な場所です。初めて行ったのは、無限でジョーダンの担当をしていたときで、1998年か99年だったと思います。当時のジョーダンのマシンは本当に速くて、2000年にはヤルノ・トゥルーリが予選でフロントローを獲得したんです! モナコは予選がものすごく重要ですから、それに向けて全員がハードワークを重ねながら準備した成果だったと思います。私のモナコの記憶の中でも一番のハイライトと言えるかもしれません」

「コースは本当にタイトで、かなりのテクニカルサーキットです。ほかにも市街地レースはいくつかありますが、全く違います。TVで見ると美しい風景が印象に残ると思いますが、チームにとっては作業エリアがものすごく狭い上に、ガレージ内の気温も高くて大変なんです(笑)。仕事はきついですが、ここに戻るときはいつもワクワクしますね。ほかの場所にはない雰囲気で、私にとっては特別なグランプリです」

中村がモンテカルロへ向かう一方で、アロンソは新たなチャレンジの真っ最中です。モナコGPで2勝を挙げているベテランは、インディアナポリスでも予選5番手とすばらしい活躍をみせています。

「レーストラックがウオールに囲まれているという点で、2つのコースは似ているんだ」とアロンソは話します。「どちらもミスが許される余地はない、それが数多あるほかのコースと比べて異なる点なんだ。ただ、似ていると言ってもインディ500の方が明らかにスピードが速いから、もしクラッシュするならモナコのほうがマシだろうね(笑)」

モナコでは、タイトなコース特性とガードレールに囲まれた視界により、実際の平均速度は時速160㎞程度にもかかわらず、コクピットでの体感スピードは実際よりも速くなります。一方、インディアナポリスでは予選で計測される4周の平均速度が時速360㎞にも達します。この違いは、エンジニアリングに影響します。

中村は「モナコでは、出力はそれほどいりませんが、なによりも重要なのはレスポンスです」と説明します。「また、ドライバビリティも必要です。そして、オーバーテイクが難かしいコースなので決勝よりもむしろ予選の重要性が高いのも特徴です。今年は車幅がワイドになっているので、例年よりもその傾向は高いでしょうね。だから、予選で最大の結果を残せるようにしなければなりません。これが、ほかのサーキットと大きく違うポイントです」

「モナコに向けての特別な準備として、独特のエンジン特性になるようなセッティングを持ち込みます。例えば、フェアモント・ヘアピン※2では回転数がかなり低くなるので、それに対応させます。ほかのサーキットでは、あんな回転数で走ることはないですから」

※2 かつては“ロウズ・ヘアピン”と呼ばれたターン6。レースが行われる全コースのコーナーの中で最も小さい回転半径となっている。

米国におけるHondaの開発拠点であるHonda Performance Development(HPD)で、F1における中村と同様の役割を担うのが、レースチームプリンシパルのアラン・ミラーです。彼もまた、インディ500独特の取り組みがあると言います。

「ここインディアナポリスでは、ほかと違ったエンジンサイクルになります。レースの間はほとんど1万1000回転から1万2000回転で走行するので、それに合わせたエンジン特性に仕上げなければなりません。ロードコースとは全く違います。また、ギアのシフト回数も同様です。そして、燃費がレースに大きな影響を及ぼすので、常に改善策を探っています」

「レースに向けて新しいエンジンを使うので、それを見込んでシミュレーションをします。年間で使えるエンジンは4基までと定められているので、インディ500のあとは、ロードコースのレースでも同じエンジンを使わなければなりません」

「さらに、加速も考慮しなければなりません。イエローフラッグ明けのリスタート※3では加速力が重要になるからです。イエロー中も時速120~160㎞程度と決して遅くはありませんが、リスタート時にはそこから一気に時速320km近くまで加速します。だから、ドライバーは、イエロー中を1速か2速で走っていますし、ピットアウト時にも加速が必要です。最高速だけを考えていてはダメなんです」

※3 インディカー・シリーズではイエローフラッグが提示されるとセーフティカー導入となります

モナコGPとインディ500はともに、モータースポーツ界の大イベントであり、それぞれに挑む際の気持ちは少し違っているようです。中村は、F1でのほかの19戦と価値は一緒ながらも、モナコは特別だと言います。

「正直なところ、すべてのレースが大切ですから、なにか特別に姿勢を変えることはありませんね。ただ、雰囲気がまったく違うので、そういう意味では特別ですし、木曜にプラクティスがあって、金曜は走行がゼロというのも違いますね」

「あとは、モナコではチームメンバーとドライバー全員が参加するパーティーが開かれるんです。みんなが一堂に会して、モナコの雰囲気を少しだけ楽しむというのは、いいことですよね」

一方で、ミラーにインディ500ではほかのレースよりもプレッシャーがかかるかを聞いてみると、「もちろん!」という明快な答えが返ってきました。

「HPDでは、インディ500での勝利が第一のゴールなんだ。シリーズ中のどのレースよりも重要で、どんな事柄よりも優先される。もちろん、ドライバータイトル、マニュファクチャラータイトルも欲しいし、どのレースでも勝ちたいと思っているさ。でも、インディ500が絶対的にナンバー1だよ」

ドライバーにとっても、モナコGPとインディ500は特別なものになります。インディ500は、2倍のポイントが付与されることからもそれは明らかです。昨年は、Andretti-Hondaのルーキー、アレキサンダー・ロッシが卓越した燃費コントロールで勝利を手にしました。そのレースでポールポジションを獲得したヒンチクリフにとっても、インディ500での勝利とインディカー・シリーズでのタイトル獲得のどちらが欲しいか、というのは難しい質問のようです。

「おかしな話かもしれないけど、これまでは、ずっとチャンピオンになることのほうが重要だと思っていたよ」とヒンチクリフは笑います。「インディ500はあくまで一つのレースに過ぎない。だれにでもいい日があれば悪い日もあるし、運にも左右されるけど、チャンピオンになるには、すべての面で秀でてなければならない。ロードコース、市街地、ショートオーバル、スーパースピードウェイといったコースの違いや、レインコンディションやナイトレースなどのコンディションにも対応しなければならない。それらを乗り越えればオールラウンドなドライバーになれるし、そうすればベストドライバーであることを証明できる」

「でも、インディ500に参戦するようになって、初めてこのレースの意味を理解できたんだ。だから、今ではタイトルよりもインディ500での勝利が重要だと答えるかもしれないね」

インディアナポリス、モンテカルロ市街地コースともに、開催当初からほとんど変わっておらず、モータースポーツの歴史を感じることのできる、偉大なサーキットです。レース内容はほかのサーキットとは異なるかもしれませんが、それ自体がモータースポーツ界にとっての貴重な財産であり、レース日の感動とあいまって、また新たな伝統を生み出していくのです。

「モナコやインディアナポリスで猛スピードのマシンが走れば、ショーとしての魅力やそのスリルもあって、観客やファンの皆さんにとっては、忘れられないすばらしいレースになるはずだよ」と、アロンソは言います。

「だから、こうした伝統のレースは続いていくんだ」

今年も、Hondaは両レースのグリッドに向かいます。さらなる歴史を作っていくために――。